8/16 武蔵ホール プログラムノート

2024.8.16

 個人的には重要な回だと思っています。弦楽四重奏曲に挑むという事もそうだし、真っ当なピアノ五重奏を書くというのも長年の夢だったので、それを同時にやるなんて……という気負いのせいで延期まで起こってしまいました。でも考えてみれば、ベートーヴェンは交響曲第五番と六番、更にはピアノ協奏曲第四番と合唱幻想曲を同じタイミング (演奏会) で初演しているのだから、特に大した話でもないなぁという事も認識できています。というか、そのプログラム聴く方も演奏する方もキツいだろうなぁ。

 昨年の10月に粟津さんのお誘いで黒部にて演奏した時の事。ドヴォルザークの弦楽四重奏曲「アメリカ」の終楽章を聴きました。もちろんよく知っている曲ですが、実はあまり生演奏に際したことが無かった為、その時に感じた激烈な嫉妬は今でも覚えています。なんという瑞々しさ、なんという推進力。そしてなんと言ってもその親しみやすさ。あんな曲と並べられては私の曲なんて台風の最中のビニール袋のようなものであります。
 腹立ち紛れにあまりメジャーではないドヴォルザークの弦楽四重奏曲を聴いたりしても「あぁ、こういう発想がアメリカに繋がるんだ……」などと余計に落ち込む始末。

 その演奏会の翌日、宇奈月温泉周辺の空気を感じ、新山彦橋を走る黒部峡谷鉄道トロッコ電車の勇士を見て、宇奈月ダムを散策しました。そこで「何か思い付かないか」と考えながら歩いた結果出たもの全てを、今回の弦楽四重奏「黒部」に詰め込みました。思えば、よほど「アメリカ」に触発されていたのか、最初からカルテットの音で聴こえていた曲です。

 ピアノ五重奏曲については、黒部訪問の直後に、今度はサロンオーケストラのお誘いを受けて北海道は弟子屈近辺を訪れた際の主題 (曲が始まってすぐのピアノの主題の冒頭、装飾音を除く六音) を用いています。当時はまさかそこまで展開するようなものではないと考えていたのですが、その後、年を跨いで時間が経過するにつれて色々な感情の機微と共に予想外の広がりを見せました。


Mori Ryohei: String Quartet “KUROBE” / 森 亮平: 弦楽四重奏曲「黒部」

 副題の通り、黒部から受けた印象を綴った曲です。
空気感や情景を漠然と乗せた第一楽章から、切れ目無くトロッコ電車の汽笛 (※空想上の、です。実際に聴いたわけではありません) に導かれる第二楽章は山々の散策を描いています。
 この二楽章分で完成、と現段階では思っておりますが、今後黒部との関わりが増えれば増えるほど、どんどん後続の楽章が増えていきそうな気配を感じます。何より、まだまだ黒部の深部には足を踏み入れられておりませんので。

 ドヴォルザークへの嫉妬が隠せていないのが恥ずかしい楽曲ですが、これが私の「第一番」と考えた時に、将来的に「第十二番」を書く為の布石だと考えたら……とだけ書き添えておきましょう。笑


Alban Berg: Sonate für Klavier op.1 / アルバン・ベルク: ピアノソナタ 作品1

「無調」と表現される時間が嫌いなわけではありません。この曲も特に「無調」というわけではありませんが、昔からどういうわけかこのソナタを弾くのは好きでした。
 個人的には今回の五重奏と四重奏に対してそれぞれ「旅」のような感覚を覚えるのですが、そこにもう一つの「旅」のご提案というようなニュアンスで取り上げてみました。

それだけでしょうか。それだけです。


Mori Ryohei: Piano Quintet / 森 亮平: ピアノ五重奏曲

 ずっと憧れていたこの編成に挑むとなって、気負わない訳がなく。
 プログラムノート中に書く事でもありませんが、本公演は5/27に予定されていたものの、これ以上曲の完成が遅れると皆様に迷惑が掛かりすぎるとの判断で延期しました。「知っておきたいMの世界」に差し替えると決定した時点で既に第一楽章の全てと、第二楽章の冒頭、第四楽章の主要部までは書いていて、往生際の悪い事を言うと、実際のところは本番の日までに演奏可能な状態にまで持って行く事はできたと今でも思っています。しかし、延期後にどうせならと意気込んで完成させるまでに掛かった時間を考えると、延期は無駄ではなかったのかもしれないと思ってしまう。それくらい大きな規模の、そして思い入れのある作品になりました。各楽章がそれぞれそんなに長いわけでもないのに、です。

第一楽章: 最後の最後まで調性をタイトルに付随させようか迷いましたが、そうするとしたら「ピアノ五重奏曲嬰ハ短調」ということになります。
 懲りずにソナタ形式。装飾音が特徴的な第一主題と、短7度の跳躍からどんどん萎んでいくだけの第二主題の組み合わせで進んでいきます。特に何がと言われたら困りますが、繰り返しを書かずに提示部を二回分やる……というより提示部の後にもう一度第一主題を提示すると言う作り方をしていて、それは再現部についても似たような発想です。結果的に第一主題の印象しか残らなければ成功、なのかもしれません。

第二楽章: 弦楽四重奏対ピアノという構図を少し見せたかった楽章です。主題は第三楽章と共有しています。小品として抜き出されても成立しそうな楽曲かもしれません。

第三楽章: 緩徐楽章と思いきや後半は速くなります。なんだこの雑な説明は。
 全くといって良いほど作曲時のテンションが落ちなかった楽章でもあります。

第四楽章: そりゃ嬰ハ長調になってしまいますよね……調号にシャープが七つ。
やりたかった盛り上がりは実現できたと思うのに、そんなに長大にもならず。そうなってくるとここに書く事も無くなると言うものです。


F. Chopin: Prélude Op.29 No.15 / フレデリック・ショパン: 前奏曲 作品28の15

「雨だれ」として有名過ぎるこの曲。何なら今回演奏するピアノソロ曲は二曲とも、これまで武蔵ホールで取り上げて来た楽曲の中ではめちゃくちゃメジャーなものと言えましょう。
 全体の流れを考えた時に、ピアノ五重奏の熱を覚ます何かが欲しいなぁと思ったら自然にこの曲を取り上げようと思いついた次第です。特に台風と関連を持たせたかったわけではありません。(本番の2024/8/16と翌日にかけて、非常に強い勢力の台風七号「アンピル」が日本列島を襲いました。)


Mori Ryohei: an ideal / 森 亮平: 理想

 ピアノ五重奏の為に書かれたにも関わらず、このバージョンでの演奏は初なのであります。作曲した直後にチェロ独奏と木管四重奏とピアノの為に改作して「愛の小径」という題で演奏した事もあり、その評判も割と良かったのですが、やはり心の片隅にはオリジナルの音があり続けました。

 全ての音は、昔フランスを訪れた時に書かれています……と言えば格好が付きますが、結局どこに行こうと題名の通り「理想」を追い求める自分の過去と未来を憂いている曲なのは間違いありません。