ショーソン

2026.7.17

 ある日、家の玄関を出ると、右手の遠くに「ジェーソン」というディスカウントショップの看板が見えることに今さらながら気づいた。
 それを見るたびに「ショーソン」というフランスの作曲家が脳裏をよぎる。

 所村さんという方と知り合ってからしばらく、大変失礼なことと分かっていつつも……数年の間「ショーソン」と心の中で読んでいた。まさか本当に「しょそんさん」と読むわけではないとは思ってはいたものの、じゃあ本当はどう読むのかも敢えて詮索はしなかった。
 実際にお名前を呼ぶ機会が出来て、初めて「しょむらさん」と口にした時の違和感といったらなかった。

 最近は、漢字だけを見ればどこまでが名字で、どこからか名前か分からない方の名前を見て「アンバラータ・ブロウ」さんという架空の女性オーボエ奏者(AI的には女性名らしい)を生み出してしまった。
 でも不思議と、そんなふうに極端なことを試みた時ほど、最終的には本名も記憶に残るというものだ。特に私の場合、人の名前を覚えるのが得意ではないため、そういうインパクトを強引に作り出すのは有効であると思われる。
 その人の名前を口から発する時は(まだ知り合ったわけではないので滅多にそんな機会はないのだが)まず頭の中で「アンバラータ・ブロウ」を思い浮かべる。そして漢字に変換し、本当の名前を思い出す。

 我ながら随分失礼な記憶術だとは思う。でも、不思議なことに、これが一番忘れない。

 

 追記……この流れで言うことではないが、ショーソンの交響曲はフランス人作曲家の貴重な交響曲としてだけではなく、個人的にもかなり好きな交響曲の一つだ。割と埋もれがちなのが惜しい。

 ダンディが埋もれているのとわけが違うと思う。
……もちろんダンディも作曲家の名前だ。
坂野さんは決して埋もれてはいない。