2026.1.21
一応はクラシックに軸足を置いているので、垣根は設けていないつもりではあるものの、どうしても他ジャンルとされる音楽形態を扱う際には、少し身構える部分がございます。
絶賛公演中の「ISSA in Paris」の編曲の際、大いにジャンル差に向き合った、という話なのですが……
基本的にはモーリー氏の楽曲はクラシカルなので、そことポップスの対比は決して難しい事ではないのですが、特に思案をしたのが海人とルイーズが対面する現代パリのシーン。
過去パリから繋がっていて「現代と分かる何か」というリクエストがあった時に、いわゆる「現代音楽」に飛びつくのは最悪手であると分かっていたものの、じゃあそれに代わるのは?としばらく考えました。
音程に頼るんじゃないんだろうなぁと考え、そう考えるとアルコ&ピースの酒井健太師匠の顔が。ボイパとは違うけど、昔から人は音楽に自分の思想を乗っけて来たではないかとなり、路傍で社会に対する不満をリズムに乗せている人たちを思い出しました。アレを見たのは海宝さんの伴奏で同行させてもらったParis &ポーランドの時じゃなかったかなぁ。
今の「リフ+低音+必要最低限のドラム」という状態を私は「最小単位のヒップホップ」と呼んでいるのですが…… (嗚呼、もう十数年以上前に「最小要素のマイケルジャクソン」と称してヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ファゴットとカホンだけで「Beat It」や「Thriller」をやっていたのが懐かしい) そのリフ [楽曲中で繰り返される音型] を考えるのに少々苦心したのです。
「無機質でいて少し耳に障り、しかも主張しすぎない」という命題は私にとって未体験のものでしかなく、ある数日間は取り敢えずそういう音楽しか聴かないという期間がありました。
そもそも音楽の形式というわけではないので、それぞれが楽曲として成立しているというよりは「その部分を切り取った」という状態の音源が多い中、私がイメージしているリフの参考となるものを探す……という割と雲を掴むような探索でしたが、それはそれで面白く、一年経つか経たないかでここまで流行が変わるものなのか……と閉口したのも記憶に新しいです。
そんな最中、妻を駅まで迎えに行く時にも、もちろん車中でそういう音楽を流しておりましたので (しかも音量設定が普段はクラシックなもんだから割と大音量で)、妻が車に乗り込んで来たのは良いものの「乗り込む車を間違えたと思った」と言わせてしまった事もあります。
そういう曲を流して、ダッシュボードにフェイクファーマットを置き、それなりのフレグランスを漂わせて、バックミラーに麻の葉を模したやつやドリームキャッチャーをぶら下げる。それだけで、ソリオなれど「名誉ヤン車」を名乗れるなぁと思った次第であります。
どうでしょうか。その歌(?)の状態そのものを示す単語を用いずにここまで来ましたよ?笑
やがて寝起きに「これだ」というものを思いついたのが今の (たった五音) のリフです。ヒップホップ的に正解不正解は置いておくとして!笑
あとは詩だけ書いて頂いて、木暮さんを中心とするラップに見識のある方々の知恵をお借りして (これに関しては本当に何もしていなくて申し訳ない気持ちしかないのですが) 出来上がっているシーンなのです。
マニピュレーター (シンセサイザーの音色をデザインする方) にも、本当に漠然とした投げ方をしてしまった上に「そのあとクラシカルな部分に戻るのでやがてその部分に繋がる音」なんて無茶なオーダーをしてしまったなぁと反省していますが、正直なところ、今でもあの音色が本当は何の音なのか分からないのです。笑
先だっての「和」の話も、ジャンルに繋がる事だと思いますが、本当に様々な事に普段以上に踏み込み、チャレンジ出来る大変良い機会でした。