ロイド・ウェバーの魅力

 私のミュージカル知識の始まりは「オペラ座の怪人」でした。
高校二年の時でしたが、当時は全編の伴奏を暗譜で弾き通せる程にのめり込んだものです。

「ラブ・ネヴァー・ダイズ」のCDが発売された時は当然真っ先に聴きましたし、もちろんその後にまた新しい盤が出れば無条件に入手したものです。
 まさか自分がそれ (2019年の再演) に関わる事になるなんて、と思っていたのがもう6年も前になるとは……

 干支が半周するくらい時間が経過しているにも関わらず、それが昨日の事に思えるほど前回の公演の思い出が色濃くそして鮮やかに残っています。個人的にも事あるごとに (日常会話の中にLNDフレーズを持ち込んだり、思い出話でいつまでも盛り上がったりと) 話題に登らせていた演目ですが、有り難い事に再々演にもお声掛け頂きまして、当然やらせて頂きますと二つ返事でお引き受けさせて頂いた次第です。

 やっぱりめちゃくちゃ楽しい。お話の内容がどうとかは一旦置いておいて、本番でのやり甲斐に溢れた演目である事に間違いはないのです。

 

 それが終わればレ・ミゼラブルの地方公演へ。今の所は、大阪公演前半の大部分、その後の地方は常駐して割と多く振るというお話を現時点では聞いております。(北海道公演は全てとの事です)

10/21 武蔵ホール「2つのV」に寄せて

 2024年度最後の武蔵ホールになる事が予想される今回は、ヴィブラフォン・東 佳樹氏と、ヴァイオリン・桜田 悟氏と共にお届けします。こんなトリオはほとんど前例がないと思うのですが、如何でしょう。
 演奏曲目は以下の通りです。

Alexej Gerassimez: Piazonore
ゲラシメス: ピアソノーレ [Vib. & Pf.]

Modest Petrovich Mussorgsky: Pictures at an Exhibition (Arr. Mori Ryohei)
ムソルグスキー: 展覧会の絵 (森亮平編) [Vib. & Pf.]

Nikolai Girshevich Kapustin: Sonata for Violin and Piano Op.70
カプースチン: ヴァイオリンソナタ 作品70 [Vn. & Pf.]

Mori Ryohei: Suite for Violin, Vibraphone & Piano
“Dawn or Dusk of winter” 〜Thema of 2V&P〜
“Bird’s-eye”
“Conjunction”
“Positive”
森 亮平: ヴァイオリン、ヴィブラフォンとピアノの為の組曲
「冬の夜明け、あるいは夕暮れ」
「鳥瞰」
「共起」
「ポジティブ」


 ゲラシメスの作品はタイトルからも見えるように、ピアソラ (の、リベルタンゴ) を底本に作曲されています。急 – 緩 – 急という構成で、適度な演奏時間の中で効果的にクライマックスまで持っていくという書き方は流石だなぁと感心するばかりです。
 また、カプースチンのヴァイオリンソナタについては今更何をいわんや。カプースチンの作品の中では何となく地味目な扱いを受けているように見えますが、今回のプログラムに混ぜるにはこれ以上の作品は無い!と断言出来るほど、しっかりポップなクラシック音楽です。
 どちらも「とにかく聴いていただければ分かる」というような楽曲なので、余り解説を長くするのはやめておこうと思います。

 今回の新譜についてはそれぞれ分けて書いてしまいました。例によって文体は変化しますがゴーストライターに書かせたわけではありませんのでご理解ください。どうにも基本的な「ですます調」で自作を書いていると、外国語の文章の翻訳のように見えてきて、内容も妙にそういう方向に寄ってしまうような気がして……。


展覧会の絵

「展覧会の絵」という作品を語るにあたって、個人的には「編曲」という行為は外せない。

 自分は小学生の頃から今に至るまで「編曲モノ」が大好きだ。交響曲をピアノ連弾で、という譜面を連弾する相手も居ないのに買って後悔した事は数知れず。高校生の頃、レッスンの為に東京に来た時には必ずと言っていいほど銀座のヤマハと山野楽器に行って、楽譜とCDを漁ったものだった。
 当時から編曲モノに異常に興味があった為に、件の「展覧会の絵」についても熱心に探した記憶がある。
 そもそも、大抵がムソルグスキーまたはラヴェルの譜面を別の楽器に写しただけの編曲だから、「違う響きで聴こえてくる」という事だけを楽しんでいたのだが、当然の事ながらやがて飽きてしまった。

 編曲と言うと大まかに「元ある曲をオリジナル以外の編成で演奏する為に作り変える編曲」と「原曲の要素を使いながらある程度自由な発想で自由に作り変える編曲」の二つのパターンがあると思う。
 大きな編成の楽曲を少人数で演奏できるようにする、というのが最も多い例だとは思うが、それが前者。この場合、依頼をする側が余計なアイデアを盛り込む事を想定していない場合がほとんどなので「本当に編成を小さくするだけ」の仕事になる事がほとんどだ。もちろんそれはそれで楽しいという事は間違いないのだが。
 私が愛するGRPオールスターズビッグバンドの「WEST SIDE STORY」の版は「自由な編曲」の大成功例だと思う。シチェドリンの素晴らしい「カルメン組曲」も、その内の一つだと言っても良いだろう。(弦楽合奏と大量の打楽器という編成で、めちゃめちゃカッコいいのだ。プレトニョフの盤がイチオシ)
 他にも例を挙げようと思うが、今パッと思いつかない。今後この段落は追加して行こうと思う。

 「展覧会の絵」は、多くの作曲家や演奏家に編曲されている。ラヴェルが最も有名な例である事に疑いの余地はないが、私の大好きなアシュケナージ版がもっと有名になってくれれば良いと思う。
 オーケストラに対して編曲している人も大勢いるし、もちろん小編成向けのアレンジも多い。数えると大体どれくらいあるのだろう。とにかくもう飽和も飽和なのだ。
 私はこれまで企画してきた演奏会のプログラムに「展覧会の絵」を入れようとした事はないし、提案されたとしても突っぱねてきた。本番で実際にやったのは一度だけだ。と言ってもパロディ系の吹奏楽の本番だったし、原型があったとはとても言えないのでつまりそれは編曲ではなく創作だと言えよう。

 ただそのまま音を移し替えて他の編成にするという発想は、「展覧会の絵」については殊更あり得ないと常日頃思っていたのだが、東さんと曲目についてのやり取りをしている時に「展覧会の絵」を東さんが出して来た時には、一瞬の躊躇の後に「これだ」と思った。
 前回の「チック・コリアの会」の時に、ゲイリーバートン氏と小曽根真氏が、クラシックの楽曲をアドリブ交えて演奏しているCDを紹介してもらった。もちろん東さんからだ。

 以降その盤をかなりの頻度で聞いていた事もあり、あんな感じでやるなら、と考えるとアイデアはすぐにまとまり、譜面を作り始めて三日も経たずに完成した。
「殻の付いた雛鳥」と覚えづらい二名分のタイトルが付いた曲、そして「カタコンベ」は縁起が悪いので今回省いた。なるべく原曲の流れと、要所要所の雰囲気は尊重しながらも、もともとムソルグスキーのオリジナルの時点で気になっていた「雰囲気被り」もいっそ払拭してやろうと調 (もちろんアレンジも) を変えた曲も一曲。
 アドリブを交える前提の箇所もあり、割と色んな種類の楽しみ方が出来る状態になっているのではないかと考えている。これこそ「自由な編曲」だと言い張れるセクションも多く、私がちゃんと弾けさえすれば自信作だ。


ヴァイオリン・ヴィブラフォンとピアノの為の組曲

「ピアノ」のスペルが、読みはしない「V」から始まってくれていれば「3V」だったのに……と思う。ただ三つVを並べたかっただけなのだ。

「展覧会の絵」を編曲し終えたそのままの勢いで本作の作曲に突入した。編曲から作曲への移行だったので本当の意味で何を書いても良いと思ってしまった為、「展覧会の絵」のパート譜まで仕上げたその日に思い付いたイ長調の青臭い主題を終曲に起用してある。これが数百年後にどう言われるか分からないが、とんでもなく充実した一週間の中で書き上げられたものである事は間違いない。

 その人が演奏することを想定して書いた譜面を「その人」本人が演奏した時に、あたかも「これが正解だ」言わんばかりに……などというレベルを超えて、「かくあるべきもの」として迷いなく、しかも期待以上に演奏してくれる奏者が私の周りに少なくとも二人……いや、七人は居る。

 最初に思い付いた二人のうちの一人が、桜田氏だ。上京して割とすぐに出会った友達の一人だ。残念ながら現在では彼は所属がある為に、あまり長期の公演ではご一緒出来ていないが、取り敢えず事あるごとに声を掛けて一緒に演奏させてもらっている。
 桜田氏が弾くとなった本番の譜面のヴァイオリンパートを作るのは特に楽しい。「ただの伸ばしの全音符」も遠慮なくバンバン書ける。例えば「譜面自体が手を抜いている」と言われる事はあっても、ただの全音符について「手抜きだ」と言われた事は無い。(多分言い過ぎだとは思う)
 ともすると音数を書き込んでしまう私の性格を知っているかなのか分からないが、「ただの伸ばし」を書いてあっても絶妙に思惑通りの弾き方をしてくれる。半端な編成で歌の伴奏をする時に、ピアノだけにする感じでも無いがあんまり歌の邪魔もして欲しくない、みたいな時の話である。

 そんな仕事の一環で、今回のトリオのメンバーでサポートする機会が二年立て続けにあった。ピアノ・ヴァイオリン・パーカッションという編成である。「なんでこの編成で」なんて思ったりもしたものだったが、東さんはヴィブラフォンを弾くしアドリブも取ると考えると、もしかすると面白いのが書けるんじゃないかと思い始めた頃に今回の演奏会を組んだ。そして、私としては珍しく演奏会の日程から見てかなり早い時期に仕上がったのがこの曲だ。

 作曲家に大事なのは「理解してくれる人」だ。演奏してくれる人はもちろん、聴いてくれる人というのも途轍もなく重要。
まず自分が聴きたい、または演奏したいものを書きたい、
そして誰かに演奏したいと思ってもらえるものを書きたい、
その結果を聴いてもらいたいと言った希求一切を盛り込んだ内容になっていると思う。

 それぞれの副題はそれっぽく付けただけなので、余り気にしないで欲しい。

キャットウォークのケークウォーク

 何というストレートで短絡的な韻の踏み方だろう。韻を踏んでいるだけで、意味はほとんど成していないのもまた良いのである。接続詞が「で」だとしたら成立する可能性がある。

 そもそも「ケークウォーク」がよく分からないが取り敢えず、ラグタイムに類似するものと信じて話を進めることにしよう。

 2024年の夏、スコット・ジョプリンと向き合った時期があった。敬愛するモリコーネ様のせいで染み付いてしまった印象を払拭して、本来のテンポ感を手に入れるべく、毎日少なくとも一時間くらいは我が家に愉快で陽気なBGMが ……私以外の者にとってはさしたる意味もなく……流れることになった。
 それが思いもしない形で功を奏する事になるとは当時夢にも思わなかった。思いもしなかったのだから当然である。本当に喜ばしい事だ。

 ジョプリンはイージーリスニングの「祖」と言える存在の一人だと思う。クラシックをやっている人間からすると、ガーシュウィン以上に通らなくても影響のない作曲家の代表格かもしれない。
 私にとっても同じで、ラグタイムを演奏したり書いたりしない限りは、ジョプリンを知らないところでそれが人生に大きく影響を及ぼすことはなかっただろう。ただ、「ザ・エンターテイナー」を知らないとは言えず、「胡瓜が食べられるなら西瓜も食べられるだろう」的な感じでジョプリンの作品も多数接する事になった。ドーヴァー版の「ジョプリンピアノ独奏曲全集」を持っていたのも運の尽きである。

 

 この曲は当然ながら書き下ろしで 「猫の日演奏会 Vol.2」の初回リハーサルで、何か四人でやれるような、それでいて会に適した曲がないものかと話していた時に、哲人さんが「キャットウォークのケークウォークを書いてよ」と言ったので作った曲である。
 そのリハーサルの三日後にはまたリハがあったので、そこに間に合わせるつもりで、というより当然間に合うだろうと思って翌日着手し、アンコールピースにしか持ってこられないようなのが (他用が押し寄せていたにも関わらず) 二日で仕上がった。
 パート譜まで仕上げた段階で日付は合わせ当日になっていたが、心を鬼にしてグループラインに送らせて頂き、その九時間半後には池袋のスタジオフォルテで音が出た。この編成がラグタイムをやる時に普通かどうかなんて分からない。ただ、私のイメージするラグタイムまたはケークウォークがそこにあった。私はこれをきっかけに「令和のジョプリン」という極めて奇妙な屋号を背負う可能性もあるが、果たして、またこんな曲を書こうと思わせてくれるようなシチュエーションがあるものだろうか。楽しみである。

 

 作曲の際には、以下の「ラクダイム三箇条」を設けた。

其ノ一・ジョプリンを無視すべからず
其ノ二・類似を恐れること勿れ
其の三・ひたすら陽気であれ

 其の一については言わずもがな、どうして神を無視できようか。私は彼の敷いたレールの上を走るだけなのである。
 其の二についても言わずもがな。どの曲も同じに聞こえてしまいかねないようなジャンルである。極度に被りを気にしていたらそもそも新たにラグタイムの楽曲を書こうとしている事すら無意味になりかねない。
 其の三についても言わずもがな、である。「本質的に哀しみを背負ったジャンルだ」とかいう論調があるとして、別にそれを強く否定しようとも思わないが、個人的にはそれは「結果的に」の話だと思う。
 そんな音楽が演奏者も聴衆もハッピーな気分にさせてくれるのはおかしいし、書いた本人もハッピーを提供したかったのだとしか思えない。もしそうでないのだとしたら私はジョプリンに言いたいことがある。それを経てジョプリンが「説教のラグ」という曲を書いて来た時、初めて私の意見が変わるかもしれない。

 そもそも、音楽を聴いて嫌な気持ちになってもらおうなんて思う作曲家がいるのだろうか。残念ながらいる事も知っているが今は置いておく。「未聴感」を目指すあまりそうなってしまう事もあるのかもしれないが、芸大に入学して以降は「それが本当に貴方の書きたい音楽なのか?」と質問したくて堪らなくなるような曲を書くような作曲家しか周りにいなかった。同門の後輩と言っていいのかどうか分からないが少なくとも私が卒業するにあたって異常にお世話になった方の書いた朗読モノは未だに聴き返すくらい好きだが、印象に残っているのは本当にその曲くらいである。

 これは批判ではないと思って書くが、作曲家本人が満足していて、奏者も満足するような曲であれば、その内容がどうであれ、その楽曲が聴衆に与える印象はある程度保証されるように思う。
 私は一部の変人を相手にしているわけではなく、もっと大きな層に向けて訴えたい事があるのだ、というのは果たして言い過ぎだろうか。

「ある白い猫の思い出」四重奏版に寄せて

 例えばピアノソロの曲をさらに大きな編成に、というのはよくあるケースだと思う。また、大きな編成の曲を小さな編成に、というのもよくある事だ。

 今回はどちらにもあてはまらない。

 そもそも、二重奏で書いた元の状態は本当に気に入っているし、これ以上は無いとまで言い切れはする。ただ、何かプラスするとしたらまた違った味わいになって良いという事も最初から考えていたのは事実だ。
 なまじヴァイオリンを齧ったおかげで私は「無茶な重音」を書けない。それでも二重奏版では多少なりとも踏み込んだ感はある。(といっても常識の範囲内だとは分かっている上での話です)
 結果、お二人の演奏は全く無理なく聴かせてくれるし、編曲する事を決めた上で聴き返しても「本当にそんな事をする意味があるのだろうか」と思わせるほどだった。しかし、足してみたかったのだ。それで別の結果が得られる事は間違いないし、実際そういう結果にもなったと思っている。難しい部分はそのまま残った感はあるが、世界観を少しだけでも深められる事に繋がったような気がしている。

 

 この編曲に際する私の機微は、ペペロンチーノに例えると分かりやすいだろうか。
「アンチョビがあったら入れるのに」の「のに」がマイナスにもプラスにも働かない場合の事を言っている。

 ひじき煮の油揚げのような存在かもしれない。天津飯の上に乗ってるグリーンピースとも類似する可能性がある。

 刺身に付いてくるシソの実とは違う。幻想交響曲の第二楽章のコルネットとも違う。

 551の豚まんがある時とない時……程の差は無い。BGMが流れていないバーに対する違和感ほどでもない。カフェだとBGMが無い方が好みなのに、どうしてバーだとそう思うのだろうか。なんだか部屋の照明が白色の蛍光灯のみの時のような感覚を覚える。

 ハヤシライスに振りかけてあるバジルや生クリームのような事かもしれない。

 揚子江ラーメンに乗っているのが春菊じゃない時の感じにも近いかもしれない。

 非常に脱線したが、それがいずれにせよ「余計な事ではない」というのが重要なのだ。

 私はブルックナーやマーラーのように優柔不断や中途半端な仕事で後世に迷惑をかけるタイプの作曲家ではないので、明らかな音の間違い以外は基本的に直さない。というか、そもそも迷った場合は完成させる前に何とかして正解を見つける。本番で奏者が勢い余って間違えた事を採用する場合もあるが、その場合は「自分の意見」として納得しているから、後から「元はこうだった」とか言われて直されようものなら、生きていれば激昂するし死んでいたら枕元に立つつもりだ。

 ティガー君の思い出については、もう一つの案を提示しておきたいという強い想いがあった。曲の魅力もそうだが、ある家族に愛された者の話を少しでも多くの人に知って欲しいし、少しでも多くの人に共感して欲しい。その為に「普遍化する」という意味でも、玄人向けではない編成にしてみたかったという私の願いのままに実現した「編曲」なのだ。

「切り口を変えれば基本構造が同じでも、よりファンタジックな仕上がりになる」という好例になると嬉しい。

時計を買う話

 腕時計に興味がない。これは我ながら本当に良かったと思う。そもそも装用するタイミングもあまりないのに腕時計に興味があったらと考えると、そんな無駄遣いは無い。
 今どきは、時間を知ろうと思ったら (携帯電話を見るまでもなく) よほどの山奥でもない限り、周りを少しばかり注意深く見渡せば大概の場合何かしらの方法で時間は分かるものだ。

 しかし、家の時計は違う。そもそも家の中なら余計に、時間を知ろうと思えばいつでも目に入る所に時間は表示されている。携帯、パソコン、タブレット、エトセトラ、エトセトラ。
 時計と言っても目覚まし時計はまた別で、ただ機能がしっかりしていれば良い。寝起きに無理やり起こされた鬱憤を一身に受けさせる事を考えても、過度に思い入れがあるモノを使うのも怖い。今回の話はあくまで「家の掛け時計」について、なのだ。

 時間が正確に示されていれば良いという段階は既に過ぎ去っている。実際、十数年もの間ソーラー電波デジタル時計で過ごして来た。停波でもしない限り、または太陽が消滅しない限り、正確な時間が提供され続けるのだ。ただ、それだと「何か」が足りないと思い始めて数年が経った。正確な時間はすぐに分かるし、ご丁寧にも今の家は正午と18時 (冬場はどうやら17時) には時を知らせる音が外からも聞こえてくる。充分過ぎる。充分だと分かっていてもしかし、何かが足りない。
 言ってみれば壁掛け時計は家の顔なのではないか、と考えるようになったのがいつからか分からないが、個人的には誰かのお宅にお邪魔した時の記憶を手繰ると大体の場合「時計」が最初に出てくる。もしかすると自分が誰かのお宅にお邪魔する時には、無意識のうちに時計に注目しているのかもしれない。

 

 そんな事もうっすら忘れかけていたところ、桜の木で造られた時計に一目惚れした。「ミュージアム飛騨」の売店だった。店の方は我々がミュージアムに入った時から丁寧に館内の案内をしてくれた方で、館内の細部に渡り丁寧な説明をしてくれて、売店目当てで行った我々が割と長い時間ミュージアムの観覧をしたのは彼のおかげだと思う。売店でも、こちらの心をくすぐるセールストークを恐らくは天然にしてくださった。そんな彼が、時計については歯切れが悪い。こちらが興味を出したので本来なら一気に攻め込んで来るべき所なのではと思うのだが「電波時計じゃないから」と何度か仰っていたのでそこを気にしているのだと思う。

 手作りなので個体差があるとの事で、店内数ヶ所に散りばめられていた全ての同じモデルのものと見比べさせてもらったが、やはり最初に気に入ったものに決まった。

 帰り道に運転しながらふと、その時計に秒針が付いていた事を思い出す。音を扱う仕事をしているからかなのかは分からないが、割と秒針の音が気になるタチだ。本番中など神経が普段より敏感になっている時には、少し離れた場所にいるプレイヤーの付けている腕時計の秒針の音ですら気になることもある。
 しかし、そんなに気になっただろうか。店で見比べていた時も、全ての時計が動いていた。気になるような音なら気になったはずである。帰宅して恐る恐る電池を入れてみると、驚くほどささやかな音で時計は時を刻み始めた。

 設置するのに三日掛かった。ふさわしい場所を見つけるまでの時間と心の余裕を持つ必要があると考えたためだったが、奇跡的にキッチンからもリビングからも作業スペースからも見える位置に設置出来た。
 不思議なもので、大体の時間しか分からない桜の木の時計を眺める時間がたまにある。

※……「大体の時間しか分からない」と表現しましたが、ほとんど正確な時間に合わせてありますし、実際に時間がヤバい時には電波時計に頼っているのです。悪しからず。

冬瓜を食べる

 懐石料理やなんかの中盤でたまに見る、蓋付きの椀に盛られて出てくるとろみのある出汁と、ささやかなそぼろに覆われたアレの事です。「これ、もっと食べたいな」と思っても流石に「さっきのを丼一杯に下さい」なんて言えないので、「ああいった場でしか出てこない料理」だとばかり思っていました。

 家の横のスーパーに冬瓜が並んでいるのを発見し、そもそも私はウリ科の野菜が好きなものだからその見た目の美しさでそのまま購入。
 その晩に食卓に並んだのが、丼一杯に欲しかった例の煮物がまさに丼にいっぱい。

 長年の夢が叶った瞬間でした。なんでこんなに美味しいんだろう。
しかも、聞けば一個の冬瓜で何食分も賄えるというではありませんか。構いませんよ、私は全然食べ足りたとは言えない。次の夢は「もう冬瓜は見たくない」と思うほど冬瓜を食べる事と相成りました。

 とうがんに飽きることはとうがん (当分) なさそうです。
注釈をつけなきゃいけない洒落は洒落として失格ですし、文語でやることでもありませんが、それくらい冬瓜に狂っていると言う事で。

8/16 武蔵ホール プログラムノート

 個人的には重要な回だと思っています。弦楽四重奏曲に挑むという事もそうだし、真っ当なピアノ五重奏を書くというのも長年の夢だったので、それを同時にやるなんて……という気負いのせいで延期まで起こってしまいました。でも考えてみれば、ベートーヴェンは交響曲第五番と六番、更にはピアノ協奏曲第四番と合唱幻想曲を同じタイミング (演奏会) で初演しているのだから、特に大した話でもないなぁという事も認識できています。というか、そのプログラム聴く方も演奏する方もキツいだろうなぁ。

 昨年の10月に粟津さんのお誘いで黒部にて演奏した時の事。ドヴォルザークの弦楽四重奏曲「アメリカ」の終楽章を聴きました。もちろんよく知っている曲ですが、実はあまり生演奏に際したことが無かった為、その時に感じた激烈な嫉妬は今でも覚えています。なんという瑞々しさ、なんという推進力。そしてなんと言ってもその親しみやすさ。あんな曲と並べられては私の曲なんて台風の最中のビニール袋のようなものであります。
 腹立ち紛れにあまりメジャーではないドヴォルザークの弦楽四重奏曲を聴いたりしても「あぁ、こういう発想がアメリカに繋がるんだ……」などと余計に落ち込む始末。

 その演奏会の翌日、宇奈月温泉周辺の空気を感じ、新山彦橋を走る黒部峡谷鉄道トロッコ電車の勇士を見て、宇奈月ダムを散策しました。そこで「何か思い付かないか」と考えながら歩いた結果出たもの全てを、今回の弦楽四重奏「黒部」に詰め込みました。思えば、よほど「アメリカ」に触発されていたのか、最初からカルテットの音で聴こえていた曲です。

 ピアノ五重奏曲については、黒部訪問の直後に、今度はサロンオーケストラのお誘いを受けて北海道は弟子屈近辺を訪れた際の主題 (曲が始まってすぐのピアノの主題の冒頭、装飾音を除く六音) を用いています。当時はまさかそこまで展開するようなものではないと考えていたのですが、その後、年を跨いで時間が経過するにつれて色々な感情の機微と共に予想外の広がりを見せました。


Mori Ryohei: String Quartet “KUROBE” / 森 亮平: 弦楽四重奏曲「黒部」

 副題の通り、黒部から受けた印象を綴った曲です。
空気感や情景を漠然と乗せた第一楽章から、切れ目無くトロッコ電車の汽笛 (※空想上の、です。実際に聴いたわけではありません) に導かれる第二楽章は山々の散策を描いています。
 この二楽章分で完成、と現段階では思っておりますが、今後黒部との関わりが増えれば増えるほど、どんどん後続の楽章が増えていきそうな気配を感じます。何より、まだまだ黒部の深部には足を踏み入れられておりませんので。

 ドヴォルザークへの嫉妬が隠せていないのが恥ずかしい楽曲ですが、これが私の「第一番」と考えた時に、将来的に「第十二番」を書く為の布石だと考えたら……とだけ書き添えておきましょう。笑


Alban Berg: Sonate für Klavier op.1 / アルバン・ベルク: ピアノソナタ 作品1

「無調」と表現される時間が嫌いなわけではありません。この曲も特に「無調」というわけではありませんが、昔からどういうわけかこのソナタを弾くのは好きでした。
 個人的には今回の五重奏と四重奏に対してそれぞれ「旅」のような感覚を覚えるのですが、そこにもう一つの「旅」のご提案というようなニュアンスで取り上げてみました。

それだけでしょうか。それだけです。


Mori Ryohei: Piano Quintet / 森 亮平: ピアノ五重奏曲

 ずっと憧れていたこの編成に挑むとなって、気負わない訳がなく。
 プログラムノート中に書く事でもありませんが、本公演は5/27に予定されていたものの、これ以上曲の完成が遅れると皆様に迷惑が掛かりすぎるとの判断で延期しました。「知っておきたいMの世界」に差し替えると決定した時点で既に第一楽章の全てと、第二楽章の冒頭、第四楽章の主要部までは書いていて、往生際の悪い事を言うと、実際のところは本番の日までに演奏可能な状態にまで持って行く事はできたと今でも思っています。しかし、延期後にどうせならと意気込んで完成させるまでに掛かった時間を考えると、延期は無駄ではなかったのかもしれないと思ってしまう。それくらい大きな規模の、そして思い入れのある作品になりました。各楽章がそれぞれそんなに長いわけでもないのに、です。

第一楽章: 最後の最後まで調性をタイトルに付随させようか迷いましたが、そうするとしたら「ピアノ五重奏曲嬰ハ短調」ということになります。
 懲りずにソナタ形式。装飾音が特徴的な第一主題と、短7度の跳躍からどんどん萎んでいくだけの第二主題の組み合わせで進んでいきます。特に何がと言われたら困りますが、繰り返しを書かずに提示部を二回分やる……というより提示部の後にもう一度第一主題を提示すると言う作り方をしていて、それは再現部についても似たような発想です。結果的に第一主題の印象しか残らなければ成功、なのかもしれません。

第二楽章: 弦楽四重奏対ピアノという構図を少し見せたかった楽章です。主題は第三楽章と共有しています。小品として抜き出されても成立しそうな楽曲かもしれません。

第三楽章: 緩徐楽章と思いきや後半は速くなります。なんだこの雑な説明は。
 全くといって良いほど作曲時のテンションが落ちなかった楽章でもあります。

第四楽章: そりゃ嬰ハ長調になってしまいますよね……調号にシャープが七つ。
やりたかった盛り上がりは実現できたと思うのに、そんなに長大にもならず。そうなってくるとここに書く事も無くなると言うものです。


F. Chopin: Prélude Op.29 No.15 / フレデリック・ショパン: 前奏曲 作品28の15

「雨だれ」として有名過ぎるこの曲。何なら今回演奏するピアノソロ曲は二曲とも、これまで武蔵ホールで取り上げて来た楽曲の中ではめちゃくちゃメジャーなものと言えましょう。
 全体の流れを考えた時に、ピアノ五重奏の熱を覚ます何かが欲しいなぁと思ったら自然にこの曲を取り上げようと思いついた次第です。特に台風と関連を持たせたかったわけではありません。(本番の2024/8/16と翌日にかけて、非常に強い勢力の台風七号「アンピル」が日本列島を襲いました。)


Mori Ryohei: an ideal / 森 亮平: 理想

 ピアノ五重奏の為に書かれたにも関わらず、このバージョンでの演奏は初なのであります。作曲した直後にチェロ独奏と木管四重奏とピアノの為に改作して「愛の小径」という題で演奏した事もあり、その評判も割と良かったのですが、やはり心の片隅にはオリジナルの音があり続けました。

 全ての音は、昔フランスを訪れた時に書かれています……と言えば格好が付きますが、結局どこに行こうと題名の通り「理想」を追い求める自分の過去と未来を憂いている曲なのは間違いありません。

骨を折る話

 残念ながら数日前、左足の骨にヒビが入った。中指の付け根だ。残念すぎるほどバカバカしい理由によるものだが後悔はしていない。

 二年ほど前には右足の骨にヒビを入れている。この時の理由はもっとバカバカしいので書いてみよう。爽やかな朝の事だった。自宅から駅に向かっている際に連れ合いとサムギョプサルについて話していて、私が「またギョプサりたいなぁ」と発言した所「そんな言葉は無い」と反論され、その単語を「サム・ギョプ・サル」と分別出来ることだけは知っていた為に私は「そんな訳はない」とスマホを取り出して調べようとした所、道路の本当に微妙な凸部に足を取られてグネった結果ヒビが入ったのだ。
 もちろん「ギョプサル」が「ギョプサらない、ギョプサります、ギョプサる、ギョプサれば、ギョプサろう」などと五段活用出来る動詞だと本気で思っていたわけではない。しかし……ヒビまで入れて調べたのに、結果「サム」が無いと意味が分からない言葉だと判明した時の私の落胆は皆様にも分かって頂けると思う。ただ、そのお陰で現在我が家では「ギョプサりたい」という言葉が通用するようになった。これはまさに怪我の功名とも言えよう。
 (今思えば、ミルフィーユ鍋なんかは見た目から「層の肉」と言えるのだから「ギョプサル」と表現しても良いのではないかとも思うのだが、私の過ちはそれを動詞として扱おうとしてしまっていた所にある。サルはあくまで「肉」の事なのでアル)

 グネって転倒した直後、ジーパンが大破してその先の膝もかなり傷付いてしまっていた事のショックも大きかった。普段からダメージジーンズについて疑問を抱いている自分がダメージジーンズを着用している事に対しての居心地の悪さを強く感じた事も印象深く残っている。

 

 それにしても、日比谷通いをしている時に足の骨にヒビが入ったらかなり困るだろう。日々、足のヒビを気にしながらヒビ谷を歩くのだ。ヒビ谷という地名も私を詰っているかのように思えてくる。
 普段はもう一回乗り継ぐのが面倒なので東京駅から劇場まで歩いているのだ。終演後も東京駅まで歩く。
 あるクリエ公演を人には言えないような高熱の中乗り切った際、一度だけ有楽町から東京まで電車を使った。池袋 – 目白間よりも近く感じたが、実際どうなのだろう。ただ、ヒビが入った状態であの距離を歩くのは大層「骨が折れる」事だろうし、心も折れそうだ。

 何よりも驚くのが、私としては「骨折」と「ヒビ」は別物だと思っていた所に、今回の病名を「骨折」と書かれた事である。「ヒビ」と何度も言っていると「フィビヒ」という名の作曲家が想起されるのは何故なのか。そんな事を考えながら日々生きている。

「骨が折れる」という言い回しを使うタイミングも考えられるべきだと思う。
「骨が折れましたよー……」なんて言っていいのは、折れている側からしたら本当に骨が折れている人だけなのだ。そもそも、もし人に自分の怪我を伝える場合、ヒビだけでは「骨が折れました」なんて言わずに「ヒビが入りました」と言うだろう。日本語はディテールを表現することに長けているのではないのか。

※ヒビの場合は「不全骨折しましたよ」と言うのが最もその状態を適切に表現しているそうです。

5/22 武蔵ホール「Ensemble CANNA」プログラムノート

 2023年5月22日の武蔵ホール配信コンサートで演奏された自作についてのプログラムノートです。アンサンブル・カンナの皆様と共にじつに多様な楽曲を取り上げました。ご興味のある方は動画(←リンクです)と併せてどうぞ。


 カンナのご挨拶 - Greeting of CANNA –

 カンナが結成される遥か前、ピアノとファゴット三本という状態のユニットを組んでいました。組んでいたと言っても、機会があったらそのメンバーで演奏する、くらいのノリでしたが。そこにカンナの北原氏がいた事は取り敢えず置いておいて、ちゃんとオリジナルも書いたりしていたのです。
 もう十数年前の話ですので残っていない情報もあります。その時に書いた「タランテラ」という曲が割と良かったので今回引っ張って来ようと思ったらデータが無かったりするわけで。今となってはむしろ良かったとすら思いますが、何故その曲だけが残っていないのかは未だに分かりません。あの時渡してしまった一眼とみずほ銀行の口座に紛れていたのかしら……んなわけはない。
 今回はその時の団体で演奏をする際に最初に演奏していた物の意匠を少し借りて、オープニングアクトへの入り口と致しました。


 カンナの肖像 - Portrait of CANNA –  
 I. 序曲 (Overture)
 II. 小林佑太朗 (Animato) 
 III. 岡田志保 (Cantabile)
 IV. 本田早紀 (Barcarolle)
 V. 北原亮司 (Feroce & Finale)

(※ 文体が多少異なりますが、内容に準じたものではございますのでどうかご容赦を!)

 アンサンブル・カンナさんは……などと下手に「さん」を付けると、対戦相手の高校を呼ぶ時の野球部の監督みたいだな、と思いつつ。
 改めましてアンサンブル・カンナさんは、非常にバランスの取れたメンバーで構成されていると思う。それぞれが似ているというわけではないのに、それぞれが纏っている空気みたいのものに共通項を感じる。つまり、極端に振り切ってしまっているヘンな奴が居ないとも言える、本当に恵まれたアンサンブルである。
 余談かもしれないが、こういったアンサンブルが解体してしまう原因は大体「ヘンな奴」だと考える。ヘンな奴だけで構成されている団体は長持ちしている。そりゃそうだ、ヘンな奴同士理解し合っているのかどうかは別としてお互いに気にもし合わないのだから誰かの気が変わりでもしない限り解体のキッカケも無い。
 大半が変でその中に一人マトモな観点を持った者がいる場合は、その一人がやがて消える。その一人は、最初は「自分がちゃんとしなければ!」と思うのだがやがてその事が結局何の意味もない事に気付くのだ。すると、パイロットを失った飛行機と同じ状態になる。(オートパイロットは機能しないものとする)
 大半がマトモで一人が変な場合の方が問題は深刻化しやすい。みんなが一人に気を使い続ける状態が長く続いてしまうからである。私もそういう面で割と経験を積んで来たが、やはり問題のある相手に対して「何とか変わってもらえないものか」と思ってしまうのだ。しかし経験上、今となっては自明の理だが、人は変わらない。そもそもその「ヘンな奴」に該当する者がこういう文章を読んでもそれが自分だという事に気づかないのだ。という文章を読んで尚、気付く事はないであろう。

 話を戻しましょう。
 この間、と言っても随分前の話だが、ドルチェ楽器で行われた同団体の演奏会を聴きに行かせて頂いた時に、かつての自分が書いたと言われる曲に対して、惜しみない敬意を抱いた。もちろんその曲はアンサンブル・カンナさんの委嘱によるもので、間違いなく私が書いたものなのだが、同席していた彼女(現在の妻である)と「なんていい曲なんだ」と何度も言い合い、隣に座っていた先生(敢えて名前は伏せます)にも「本当にいい曲ですよね」などと絡み、演奏後にその先生が「何故演奏後に作曲者を紹介しないんだ」とお怒りになるのを必死で宥めたものである。
 もちろん、カンナさんは……と「アンサンブル」を欠落させると橋本姓に直結しそうで怖い。もちろん、カンナの小林氏に「俺を紹介するなら行かない」と、近年の作曲家には大変珍しい実に消極的な一面を見せたのを、ただ守ってくれただけである。こういう所も個人的には本当に嬉しい所だ。

 それ以降ずっとこの構想は温め続けてきた。それぞれの人物をイメージした楽曲を書くというアイデアである。最初は五線に全員の名前を書いてみたりした。漢字、平仮名、アルファベット。さらに、名前のローマ字表記に音名を当ててみたりした。高校生の頃から行っている常套手段であるが、当然の如くなんか違う結果になった。
 がしかし、我々の付き合いはそう短くない。各個人を頭に思い浮かべると割とすらすらとフレーズは生まれてきた。そう、各個人の主題自体は早々に決していたのである。

 以下、人物の登場順に楽曲に因んだ事を書き連ねてみた。

 小林佑太朗氏には全く頭が上がらない。まずこの曲の締切を壊滅的に守れなかった事と、フランス近代ファゴット作品との出会いを仲介してくれた事である。思えば彼と初めて演奏したのはボザだった。もちろん他にも頭が上がらない理由は沢山あるが、今回ばかりはこの二点に絞られよう。

 岡田志保氏は、メンバーの中で一番優しいのではないかと推察される。怒った所が想像できない。もっとも、憤慨している所を無闇矢鱈に人に見せるような気性の人間はファゴットという楽器自体向いていないのだが。
 岡田志保さんに幸あれ。それしかないのである。

 本田早紀氏は出会った順番から言うと、決して新しい知り合いではない。多分、一緒に本番(試験を除く)をやった回数も、メンバーの中で一番少ないというわけでもないと思う。
 そこで敢えて言うが、多分俺は本田さんのことをあまりよくは知らない。ただ、音楽的事象として鮮烈に記憶に残っている事はあるのだから面白い。これが本人のトラウマになっていない事を祈る。

 北原亮司氏(敬称略)は、最も旧い知り合いと言って良いだろう。個人的には最初からもっと仲良くしたかったのだが、知り合った最初の日に二人っきりで池袋のビックカメラを無言で何時間もウロウロしたせいか、リアルに10年程疎遠を余儀なくされたものだった。私の若かりし頃の本番前舞台袖での素行のせいで、彼の奥さんからも敬遠されていると聞く。
 最近では月一のペースで会うくらいの中にはなった。それだけが何よりの宝物だ。

 全曲を通じて、露骨な引用が二件ある。果たして結果にどう繋がるか分からないが、今回の引用については確信を持って「こう書きたい!」という意志を持った確固たる引用であるという事は書き添えておこう。そのうちの一つには是非聴衆の皆々様にも気付いて頂けたらありがたい。まさかマイケル・ジャクソンを軸に一楽章ぶん書いたと言っても信じてもらえないだろうが、実際そうなのだから。
 もう一件はカンナのうち半分が関わっていたこちらである。


 日本歌曲メドレー (浜辺の歌 〜 赤とんぼ 〜 雪 〜 花 〜 ふるさと)

 これまで無数の「ディズニーメドレー」と「ジブリメドレー」と「日本の歌のアレンジ」といった仕事をして参りました。その中でも特に気に入っているものの一つがこちらです。
 どれも本来は有節歌曲ですので、伴奏は歌詞の内容が変わっても同じ場合がほとんどです。楽器で演奏するという事は「歌詞が無い」(井上陽水ではありません。彼が無いと言っているのは「傘」です) 状態という事なので、何かしらの操作をしないと二番以降は旋律も伴奏も全く同じ事の繰り返しとなります。

 この編曲では、歌詞の内容に過敏に反応して大胆に伴奏を弄り回しました。その内容が心象風景として想起出来ないものかと目論んでみたのです。もちろん小林君の委嘱で書いたもので、彼の譜面のメロディ部分の下に歌詞が手書きでびっちり書かれているのが肉眼でも確認できます。つまり旋律の歌い回しも歌詞に応じて吹き分けているという事なのです。
 もちろんこれを聴いて歌詞が浮かんでくるわけはありませんが、作品として聴いた時に何らかの機微を感じ取って頂ければ成功なのかな、と考えています。


 Bassoon – Studies ~ワイセンボーンの主題による~

 恥も外聞もなく言わせて頂きますが、これは本当によく書けています。
東京芸大のファゴットアンサンブルの演奏会に向けて委嘱され、もう一度聴きたいなぁと兼ねてから思っていた為、今回取り上げて頂きました。

 ワイセンボーンのエチュード第15番のメロディーをテーマに変奏を重ねていくという内容なのですが、その変奏はそれぞれワイセンボーンの他の番号のエチュードの要素を基に行われています。さらには露骨かつ流麗な引用もあり (もちろん手前味噌です) さらには15番の変奏としてカウントされていないセクション  (6番と10番と13番のミックスのようです) もあったり……この辺りはやはりゴドフスキー=ショパンのエチュードを知っていたからこその発想なんだろうなぁとしみじみ思いますが、聴けば聴くほどこれは凄いなと思ってしまいます。

 俺も、もっとワイセンボーンを知っていたらもっとこの曲を楽しめるのでしょう。書いた当時、ワイセンボーン漬けだった記憶はあるのにどうして忘れちゃったんだか。


 それでも進まなければならない - Avancer même si c’est dur for CANNA –

 どうしたって回避出来ない事があります。そういうイレギュラーを想定していなかったわけでもないのに、そこを軽く飛び越えて生活を侵蝕してくる程嫌な想いをする事だってあります。私自身、割と弱い人間なのでそうなってしまったら最後、立て直すのに膨大な時間を要してしまう事もしばしば。
 空元気も、続けていれば本当に元気になることもあるようです。そうしてでも進み続けなければならない。そういう曲です。


 兎にも角にも、アンサンブル・カンナを是非聴いて頂きたいのです。

拝啓 嘉門達夫様

 嘉門達夫 (敬称略) という天才を知らないとは言わせない。「鼻から牛乳」や「小市民」「マーフィーの法則」、そして何と言っても替え歌が有名である。

 出会いは私が小学校五年生の時。ここで以前にも触れた津田先生が紹介してくれた。当時クラスの男子の間でも割と流行っていたと思う。
 クラス内でのブームが去っても事あるごとに聴き返していたし、遂にカセットテープを先生に返さなければならなくなった後は、自分で少しずつCDを買い直したものだ。

 当時はポップスをまともに聴いていなかったため、替え歌メドレーについては聴いても元が何なのか分からなかった。ただただ語感を楽しんでいたのだが、上京して以降ポップスにも積極的に触れるようになった結果、ごく最近でも「この曲替え歌メドレーのやつだ!」となる始末である。逆輸入も甚だしい。
 逆に「クラシック替え歌メドレー」は心の底から楽しんでいた。当然歌詞も流れも全て覚えているし、弾き語れと言われたら歌のレベルは置いておいて難なく出来るだろう。カルメンの「闘牛士の歌」や「ハバネラ」の替え歌なんかは今でも気づけば頻繁に口を突いて出てきてしまう。これを面白いと感じなくなるとしたらそれは恐らく私が鬼籍に入る時に違いない。

 

 昨年の川口竜也さんのリクエストライブで、谷村新司氏トリビュートのコーナーがあった為、かなりちゃんと聴き込んだ時の話。
 アリスの「チャンピオン」を聴きながらどうしても嘉門達夫の「ハンバーガーショップ」が脳裏を過ぎるのだ。そうなると、私の中では軸が「ハンバーガーショップ」になってしまい、歌い方も、挟まれる女声のコーラスの感じも「アァー」というため息混じりの合いの手も、共通点を裏付けする要素でしかなくなってしまう。何ならコード進行も似ている。(これはフォーク的には被って当然なのかもしれないが……)
 異なる点を挙げるとしたら「チャンピオン」のサビの部分に当たる箇所が「ハンバーガーショップ」には無い。それだけである。

 そんな私が最も好きな嘉門達夫作品は、紛れも無く「自転車」だ。あんなに内容の凝縮された無駄な時間は他に無い。